心について

【実録】「競争をやめたい」心理カウンセラーが解放されたセッション記録

はじめに

「競争するのをやめたい。」

この一言から、私のカウンセリングは始まりました。

日常の中で、誰かと比べ、競争している感覚に苦しんでいた私。
無意識に「負けたくない」という思いが強く、必死に頑張っても、競争が終わった後には心に苦しさや虚しさが残っていました。

心理カウンセラーという職業ですが、自分自身がこの問題に気づき、向き合うまでには時間がかかりました。知識として理解していることと、自分の心の奥底で起きていることは、まったく別物なのです。

この記事では、私が受けた実際のカウンセリングワークの記録をもとに、どのように私が「競争」という苦しみから解放されていったのか、その心理プロセスを詳しくお伝えします。

競争の苦しみに気づく

「競争している」という自覚

カウンセリングが始まり、カウンセラーは私に問いかけました。

カウンセラー:「競争するのをやめたい、なんか競争してる感が日頃分かってるのあるかな。今何を思ったり、どんな感じがしてるの?」

私:「辛いっていうかすごい苦しい。苦しい感じ。競争が苦しい。」

この時点で私は、「競争している」という事実には気づいていました。しかし、その苦しさの正体や、なぜ競争してしまうのかについては、まだ明確には理解していませんでした。
競争の「真っ最中」と「その後」
カウンセラーはさらに掘り下げます。

カウンセラー:「競争してるって何か、どんな、何と競争してる?真っ最中は?」

私:「真っ最中は、負けんぞみたいな気持ちがあって。えいくそというか、敵対心じゃないけど、そういう…」

カウンセラー:「苦しいのは真っ最中じゃないとき?」

私:「じゃない。真っ最中じゃないときは苦しい感じがある。」

競争心のメカニズム

心理解説:競争モードでの感情の麻痺

競争の真っ最中は「何くそ!」「負けるか!」という闘争心が優位になり、実は本当の苦しさを感じないようにしています。これは心理的な防衛機制の一つで、どうして良いかわからない、辛い感情から自分を守るために、別の強い感情(闘争心や敵対心)で覆い隠しているのです。
しかし、競争が終わった後、その覆いが取れると、押し込めていた苦しさや虚しさが一気に押し寄せてきます。

気づきのプロセス

私:「カウンセリング受けたりなんやしてるうちに、それは競争してるんだって気づいた後くらいからその時はやっぱり苦しい。」

カウンセラー:「気づいたら苦しいことが分かってきたということよね。」

これは非常に重要なポイントです。
私たちは、自分の行動や感情のパターンに気づくことで初めて、それが自分に何をもたらしているのかを理解できるようになります。
気づきは、変化への第一歩なのです。

ルーツを探る―小学生時代の記憶

競争心の始まり

カウンセラー:「その2つの感覚が分かっているじゃん。競争している時のくそって、負けるかってやっている時と、その苦しみ。どっちもね、いつぐらいからやっている感じがする?」

深呼吸をして、力を抜いてみると…

私:「小学生かな?小学生くらい?ずっとやって言う気がするけど、小学生なんじゃないかな?はっきり認知したんじゃないかな?小学生半ばか、そんな気がする。」

「おじいちゃんみたいになれるよ」という期待

私:「小学生の頃がそれなりに成績ががよくて100点取ったりしてその時におじいちゃんみたいになれるよ。おじいちゃん立派なおじいちゃんだって。」

私:「嬉しかったし認められたような感覚があったんだと思うんだけど。でも、おじいちゃんみたいになれるよ。お医者さんになれるよって、やっぱりおじいちゃんみたいにならないと負けな…」

私:「おじいちゃんみたいにならないと、越さないと。」

禁止令の形成

心理解説:条件付きの愛と「成し遂げるな」の禁止令

交流分析という心理学の理論では、子ども時代に親や養育者から受け取るメッセージの中に「禁止令」と呼ばれるものがあります。

「おじいちゃんみたいになれるよ」という言葉は、一見すると期待や励ましに聞こえますが、その裏には「おじいちゃんのようにならなければ価値がない」「完璧でなければ認められない」という条件が隠れています。
これが「成し遂げるな」の禁止令です。
矛盾しているように聞こえますが、この禁止令は「完璧に成し遂げなければならない→でも完璧になることは不可能→だから成し遂げられない」という悪循環を生み出します。
子どもは、ありのままの自分ではなく、「おじいちゃんのような立派な人」にならなければ愛されないと感じてしまうのです。

抑圧された感情に向き合う

苦しさの正体

カウンセラー:「苦しい?いま?苦しいのをとにかく出してみて、苦しいの。ふー」

ふーっと息に乗せて苦しいのを吐きだす。

カウンセラー:「何の気持ちかわかる?苦しいのか?辛い?」

私:「うん、辛いんだね。」

カウンセラー:「辛いのを理解してみて。辛いんだなって。その辛さを呼吸で出してみて。辛いんだなって。」

心理解説:感情の抑圧と身体症状

私たちは辛い感情を感じたくないとき、無意識に身体に力を入れて感情を押し込めます。これが長期間続くと、感情は消えるのではなく、身体の奥深くに蓄積されていきます。
私達のカウンセリングでは、この抑圧された感情を「感じる」「受け入れる」「呼吸で外に出す」という感情処理のプロセスを通じて解放していきます。

「勝てる気がしない」という絶望

カウンセラー:「今何が起きてる?」

私:「勝てる気がしない。っていうか、勝つためにはちゃんとしないといけないし、完璧なものも100点以上足りないし、もっと足りないし、もっともっと。」

私:「ホント足りないから、ちゃんとしたものを勝って、勝てるじゃないけど、ようなものをしようとしても、でもなんか、それが苦しくなって、諦めるじゃないけど、諦めはしない、諦めるじゃないけど、動けなくなるじゃないけど、なんか。」

カウンセラー:「うん、動けなくなる。」

心理解説:完璧主義がもたらす無力感

「おじいちゃんのようにならなければならない」という高すぎる基準を設定すると、どれだけ頑張っても「足りない」と感じてしまいます。
そして、完璧にできないならやらない方がいいという思考に陥ったり、どんなに頑張っても高すぎる基準には及ばず、苦しいです。
その結果「動けなく」なったり、諦めるのです。これは、失敗への恐怖と、完璧でない自分を見せることへの恐怖から来ています。

おばあちゃんの心の中へ―客観的視点の獲得

おばあちゃんの言葉の真意

カウンセラー:「ちょっとおばあちゃんを出して良い?おばあちゃんがここにいるから。おばあちゃんがおじいちゃんみたいになれるよって小学生の慶樹君に言うんでしょ。」

私:「なれるよって。お医者さんになれるよって。」

カウンセラー:「表面的にはなんか嬉しいんだよね。すごい期待してもらって。」

私:「僕を見て。僕。これはどんな気持ちなの?僕じゃない。僕じゃないよね。うん。僕じゃない何かを見てるんだよねおばあちゃん。僕じゃないのを見てるんだよね。」

カウンセラー:「それが本当はどんな気持ち?」

私:「辛い。」

心理解説:「ありのままの自分」が見られていない痛み

子どもにとって、親や養育者に「ありのまま」を見てもらえないことは、存在を否定されるような深い傷となります。
「100点を取った僕」ではなく「おじいちゃんのようになれる可能性のある存在」として見られることで、子どもは「今の自分には価値がない」と感じてしまいます。

辛さを感じることへの抵抗

カウンセラー:「辛い?うん。この辛いをさ、受け入れるのは。ちょっと苦手?」

私:「苦手っていうか別の感情あるかなって探してた。」

カウンセラー:「辛いは消化した?じゃあ辛い消化したらどう?」

この時点で私は、まだ辛さを「完全に」感じることを避けていました。なぜなら、辛さを感じることは、長年避けてきた痛みと直面することだからです。

「何くそ!」という防衛反応

私:「全部じゃないけど、まだ2か3か4くらいあるんだけど残ってる、なんとなく減ってる気もするけどなんとなくよぎったのが、何なんだろう?何かこう、かりたてられる、その辛い…できるようじゃないけど」

カウンセラー:「そっかそっか2割3割から残ってて その、できるようとかどうするって、言ってるわけではないにしても なんかそういうのが・・・かりたてられる。やらないとって。」

カウンセラー:「これは何?もう嫌?嫌なんだよね、ほんとはね。辛かったよね、辛かったやろずっと。うん、本当に自分がこのことで辛くて苦しくて、本当に嫌な思いしてるのよーくわかってあげて。」

心理解説:「何くそ!」は辛さを感じないための防衛

辛い感情が湧き上がってくると、私たちは無意識に身体に力を入れます。「何くそ!」「負けるか!」という闘争心は、実は辛さから逃げるための手段だったのです。
この「何くそ!」を手放すことが、本当の意味で競争をやめることにつながります。

おばあちゃんの視点―客観視の力

カウンセラー:「おばあちゃんなんでそんなにこだわるの?おばあちゃんのこだわりよ。あなたのじゃない。カウンセラーとしてみてみて。」

カウンセラー:「なんでそんなに孫を思い通りにしたいの?客観点に見てみて。カウンセラーとして、クライアントの問題だと思って見てみて。」

私:「小学生の子に、じいちゃんみたいになれるよって言って、なんかすごいものにさせたいんだよ、おばあちゃん。」

カウンセラー:「おばあちゃんも不安?」

私:「うん。だろうね。うん。でも、カウンセリングしてるときみたいに客観的にはなれない。不安っぽいけど。かな?」

カウンセラー:「不安っぽいっていいんじゃない?不安っぽいんだよね。私も不安は強いだろうなって、このおばあちゃんは。」

心理解説:世代間連鎖―親の不安が子どもに伝わる

おばあちゃんの「おじいちゃんのようになれ」という期待の裏には、おばあちゃん自身の不安や葛藤がありました。
心理学では、親の未解決の問題が子どもに無意識に伝わることを「世代間連鎖」と呼びます。おばあちゃんは、自分自身が抱えていた何らかの不安や満たされなさを、孫に投影していたのかもしれません。

おばあちゃんへの新たな視点

私:「立ってみてそこから見て。そしたらどう見える?おばあちゃんがかわいそうって思ったんだけど、意味が分かんないって思って。」

カウンセラー:「うーんそうかそうか。おばあちゃんがかわいそうって思ったんだ。なんでだろうな?どういう意味でかわいそうなの?」

私:「それがわかんない。」

カウンセラー:「そっか、なんかあるんやろね、かわいそうって思い。ただ、受け入れてみたら、かわいそうって思ったって。おばあちゃんがかわいそうって思うなって。」

私:「おじいちゃんありき?」

カウンセラー:「おじいちゃんありきではあるやろうね。どんな風におじいちゃんありきなの?」

私:「自分もすごい優しいし、すごい家族のことを思っているのは、僕からしてはおばあちゃんなんだけど、でも、やっぱりその、じいちゃんなんだけど、やっぱりそこではやっぱりおじいちゃんの仕事にしている。おじいちゃんが中心。おばあちゃん、おじいちゃんは支えたりみたいな。」

カウンセラー:「おばあちゃんの人生じゃあまりないみたいな感じ?」

心理解説:他者への共感が自己理解を深める

おばあちゃんを客観的に見ることで、私は新たな視点を得ました。おばあちゃんもまた、「おじいちゃんありき」の人生を送っていて、自分自身の人生を生きられていなかったのかもしれない。
この気づきは、おばあちゃんへの理解を深めるだけでなく、「自分の人生を生きる」ことの大切さを、私自身に教えてくれました。

おばあちゃんの苦しみと自分の辛さ

私:「それは僕が苦しいのか、おばあちゃんが苦しいのか分かんないけど、苦しそうって。」

カウンセラー:「おばあちゃんが苦しそうって思う?おばあちゃんが苦しそうだったら、僕は何を感じるの?」

私:「辛いんだね。おばあちゃんが苦しそうで辛い。」

カウンセラー:「苦しそうだから、自分が辛いってことを理解して。」

私:「苦しそうな気がしたんだけど、僕が知ってるおばあちゃんはすっごい幸せそう。だと思ってたんじゃない?」

カウンセラー:「本当の、もうちょっと内面のところに気がついてるんじゃない?おばあちゃんの本当にやりたかったことって何なんだろう?」

私:「本当だね。おばあちゃんが本当に何をやりたかったんだろうね。」

この問いは、おばあちゃんだけでなく、私自身への問いでもありました。

「競争したくない」という本音

競争の正体に気づく

カウンセラー:「競争したくない。うんおじいちゃんと競争してるの分かる?うん、おじいちゃんと競争してるの。」

カウンセラー:それでさ、競争するってことがさ、このおじいちゃんに勝てないとか、ここが中心で自分がどうしたいかがないんですね。それとおばあちゃんと一緒なんですね、たぶん。おばあちゃんは何がしたいかがない。わかるそこ?」

私:「おばあちゃんがしたいことってなかったよ。きっと、うん、たぶん。うん。そういうのもたぶん、なんか、ね、からんでるのかなぁ。」

心理解説:競争の本質は「自分の不在」

競争している時、私たちの意識は常に「相手」に向いています。
「相手に勝つ」「相手より優れている」ことが目的になり、「自分が本当に何をしたいのか」が見えなくなります。

モデルにしていた

おばあちゃんも同じだったのかも・・・
おじいちゃんを中心に生きて、自分が本当に何をしたいのかが分からなくなっていた。そして、その生き方のパターンが、私にも伝わっていたのかもしれません。

「競争をやめる」という決断

私:「僕がしたいことをしたい。」

カウンセラー:「うん、そうそうそう。力抜いて、力入れるといいことにないからさ、力抜いてね、おじいちゃんとの競争をやめますって言ってみて。自分の言葉で良いとやめるっていうこと、しないっていうこと。試しに言ってみて。」

私:「競争したくない。」

カウンセラー:「うん、したくないね。競争やめたい。うん。今何感じるの?言ったとき。」

私:「僕は僕の人生を生きたい。うん、そうだね。自分がやりたいことしたい。」

この瞬間、心が少し軽くなった気がしました。言葉にすることで、自分の本当の気持ちが明確になったのです。

辛さを受け入れることへの抵抗

カウンセラー:「辛い?辛さを受け入れてみて。」

私:「辛さがさ、なんか力を抜いても、辛さを受け入れることにちょっと抵抗があるのか力がぐーって入る。ツラさが沸き上がるときはすごい力が入る。」

カウンセラー:「そしてツラさをそのまま自然にしゅーっとさらさらと出すことをしようとしてないんだと思うね。何してる気がする?そのくーって入る力は何してる?」

私:「今までやっぱり・・・感じようってしてたつもりだと思う。」

カウンセラー:「うんうん、と思ってたと思うんだけど感じないようにする方向の働きなのね。だとしたら、体は何してる?グッって何してる?」

私:「グッって力を入れて、体は抵抗してる。辛さを感じないように。何、クソ?って言うか。」

カウンセラー:「そうそう、そうだよね。何、クソ?これをやめることが、競争をやめることになる。分かる?」

心理解説:「何くそ!」をやめることが競争をやめること

ここが、このカウンセリングの最も重要なポイントです。
「何くそ!」という闘争心は、一見すると前向きなエネルギーに見えますが、実は辛い感情から逃げるための防衛機制でした。
辛さを感じないために力を入れる→辛さを押し込める→さらに苦しくなる→「何くそ!」と頑張る→また辛さを押し込める…という悪循環が続いていたのです。
この「何くそ!」をやめ、辛さを「ただ感じて、呼吸で外に出す」ことが、本当の意味で競争をやめることにつながります。

新しい生き方へ―「やりたい」を見つける

カウンセリングの流れ(図解)

カウンセリングプロセス図

競争から解放されて

カウンセラー:「それを分かってあげると。そうだよね。それを分かってあげてみて。そしてもが辛さもよーく出ていくし。その力を抜けた感じでね、競争しないみたいなこと、いい言葉で言ってみて。力を抜いて。辛くていいよ。辛くて、辛いまま、辛いまま言うと。」

私:「なんか、まだ距離を置いてたなってその言葉に、競争したくないみたいになったり、希望的な観測じゃないけど、そんな言葉で表現しようとしたくなって。」

カウンセラー:「そこに気づいたのが素晴らしいよね。競争したくないよって言ってる。関係ないよね。」

私:「うん 競争 競争したくない。」

カウンセラー:「うんそうそう。競争したくない。そこをさ ちょっとゆっくり分かってあげてみてで クソーって なったらそれの力を抜く。競争したくないって 力を抜いて感じるっていうのを ちょっと一時練習してみて、やっぱ ちょっと癖になってるからさ。」

心理解説:新しいパターンを身につけるには練習が必要

長年続けてきた心のパターンは、一度気づいただけではすぐに変わりません。「何くそ!」と力を入れる癖は、何十年も続けてきたものだからです。
だからこそ、新しいパターン(力を抜く、辛さを感じる)を意識的に練習することが大切です。

「自分がどうなりたいか」を見つける

:「競争しない ただ自分がりっぱなすがたでありたい。すが経っておじいちゃんと関係してるのかなってそういう人になりたいって。」

カウンセラー:「そういう風に思ってる?見つける必要あると思うよ。自分がどうなりたいのか。自分がどうなりたいかを見つけるって言うの言ってみて。」

私:「自分がどうなりたいかを自分で見つける。」

カウンセラー:「力抜く。自分でじゃなくて、自分がどうなりたいかを見つけるってだけ力抜いて言ってみて。」

私:「自分がどうなりたいかを見つける。」

カウンセラー:「あぁ良いね。その方がすごくいい。」

カウンセラー:「自分で見つけるっていうのは?」

グーッと身体に力が入る。

カウンセラー:「またそっち側。何くそーの方。そのグーってのが競争の方向に行くから。力を向いてちょっと試してみて。いつも。これやっぱちょっと練習が要るからさ。」

心理解説:「自分で」という言葉に隠れた力

非常に繊細な気づきですが、「自分で見つける」という言葉には、まだ「頑張らなければ」「ちゃんとしなければ」というプレッシャーが隠れていました。
「自分がどうなりたいかを見つける」と言い換えることで、力みが抜け、より自然な在り方に近づけます。

このカウンセリングをきっかけに、
『やらなきゃ』が『やりたい』へと変わっていったポジティブな3ヶ月間の変化と、
その裏側にある“心の仕組み(禁止令・スモールステップ・動機づけの理屈)”については、続きの記事で詳しくまとめました。
心理カウンセリング前後の心の状態を比較した対比図
▶︎詳細はこちら『競争しなくてもいい自分へ──3ヶ月後の変化と「成し遂げるな」の外し方』 執筆中

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