今日、カウンセリングを終えて温泉に行ってきました。
700円くらいで入れる温泉です。
湯船につかりながら、
「ありがたいなぁ」

なんかそんな気持ちが湧き上がってきました。
カウンセリングの仕事をさせて頂いて、温泉に入れる。
当たり前のようなことだけれど、意識したわけでもなく、なんかめっちゃありがたいんです。
なんかちょっと思い浮かんだのが、江戸時代なら、殿様でも「温泉に入りたい」と思った時にすぐ入るなんて、できなかったかもしれません。
インターネットがあって、世界中の情報にアクセスできて、好きなことを学び、仕事をして、温泉に入る。
もっとサウナが充実していたり、種類の多い温泉も他にありますよ。
でも、何か嬉野温泉にちょっと足を延ばしたら入れるし、ここはここの良さがあるんですよね。
理屈じゃないですよ。
温泉だけじゃなくて、
高音質の音楽を当たり前のように聴けたり、飲みたいなと思った時にコーヒーが飲めたり。
最近はAIを使って自分のパフォーマンスを記録することで、仕事の生産性も上がりました。

ただの業務効率化に見える仕組みづくりも、振り返れば「成長するな」の右側(手放した方)へ向かうための無意識のプロセスでした。
環境そのものは、ワークショップを受ける前と何も変わっていません。
でも、振り返ったらなんだか、前より人生が豊かで、幸せになった気がするんです。
当たり前の様だけど、そんなことを考えていました。
目次
まだ、途中です
以前のコラムに書きましたが、ワークショップの時知ることになった、私の心の問題が解決した(動いた)とは、思っていませんでした。
今もマクニールのワークショップのホームワークの様に、日々湧いてくる気持ちを感じたり、向き合っているテーマがあります。
交流分析の幼少期に決めて大人になっても繰り返す禁止令の一つ、「成長するな」です。
本音を言ったら関係が壊れるかもしれない。
そしたら、それまでの人間関係が壊れるかもしれない。
私の中の、そんな怖さや、寂しさがある事を実感しています。
まだ、心と向き合っている途中だと思ってます。
10代に心の事を学び始め、学び続けながら、これまでにも、様々なワークやカウンセリングを受けてきました。
100だったものが80になったり、
ある心の問題は65くらいになったり。
完全に0になったわけではないのは、まだ色々あります。
でも、このブログを書きながら気づいたことがあります。
最近AIに手伝ってもらいながら、Notionで意思決定ログを作って、より没頭して仕事ができる様に、仕事の仕組みを改善したりしていました。
それが、振り返ってみると、これも「成長するな」の右側(楽になる方向)につながる無意識での動き(行動)だったのかもしれません。
この心理療法の特徴として、頭が痛いとか、眠れない等、身体の症状のように分かりやすい変化がないと、変わった気がしにくいものです。
でも振り返ってみると、当たり前のように変化が起きているんです。
昔の私なら、
本当にやりたいことを追求するより、
失敗しないことや、
嫌われないことや、
現状を維持することを優先していたかもしれません。
でも今の私は、
誰かに認められるためでもなく、
数字で優秀さを証明するためでもなく、
不安を打ち消すためでもなく、
ただ、
この心のことをどうやったらもっと広げられるだろう。
どうしたらもっと必要な人の役に立てるだろう。
そんなことを考えながら動いています。
振り返ると、
問題がなくなったわけではないけれど、
知らないうちに少しずつ右側へ動いていたのかもしれません。
マクニールのワークショップで自己診断した時は、まだ95くらいだと思っていました。
でも、こうやってブログを書きながら振り返ってみると、
知らないうちに60くらいまで、右に動いていたようです。
そうやって、これまで学んだり、カウンセリング受けたのも含めて、少しずつ自分の気持ちに触れる幅が広がるたびに、
自分の人生が豊かになっている気がするんです。
感情の世界へようこそ
マクニール博士はよく、こう言われます。
「感情の世界へようこそ」
わたしもクライアントさんにお伝えさせて頂いております。
理屈では、前から分かっていたつもりでした。
でも今日、それが頭ではなく実感として改めて腑に落ちました。
苦しいと思っていた気持ちに触れることが、
自分の人生が豊かになる事や、幸せを感じることと、本当につながっていると確信があります。
感情ってですね、
嬉しい
楽しい
幸せ
そんなポジティブと思われる気持ちや、
寂しさもあります。
怖さも
悲しさも怒りもあります。
失うかもしれない不安もあります。
ふと、これまで見ないようにしていた寂しさや、怖さが沸き上がる瞬間があります。
本当は怖いんだな。寂しいんだよね。
自分の気持ちを慈しみながら、人にぶつける訳ではなく当たり前に感じてストレスを残さない感情処理しています。

見ないようにしていた心の気持ちに触れるとき、そこには確かな光が灯ります。
感情は、都合よく選り分けられない
私たちは、生きていく中で
そういった感情を「感じないように」頑張ってしまうことがありませんか?
ネガティヴと言われそうな、怒りや、寂しさ、怖さは見ない様にしたいけど、ポジティブな感情を感じれたら。
そんな風に器用にできたら良いのですが、そうはいかないようです。
寂しさや怖さ、怒り。見ない様に蓋をすると、
ポジティブと思われる気持ちにも、一緒に蓋がされてしまいます。
怖さを感じないようにすると、
喜びも薄くなる。
感情は都合よく選り分けられないものなのです。
ありがたいなぁ、の理由
今日、温泉とか移動している時に感じた、
「ありがたいなぁ」
は、
問題が解決したからではありません。
むしろ、
見ないようにしていた、自分の寂しさや怖さをそのまま感じ始めたからこそ、
ありがたさもより感じられるように思えます。
今あるものを「当たり前」ではなく「有り難い」と思える範囲が、広がった気がします。
誰かに評価されるためでもなく、周りも関係ない。
誰にも邪魔されない、自分の幸せ。
温泉からの帰り道
欲しいものはまだたくさんありますよ。
親孝行ももっとしたい。
自分自身まだまだだと思う。
それでも、
温泉からの帰り道、
嬉しいのか、
苦しいのか、
自分でもよく分かりません。
でも涙が出てきました。
幸せとは、
何かを成し遂げた先にあるものではなく、
感情の世界の中で、
「ありがたい」が見えることなのかもしれません。
そしてその「ありがたい」は、
寂しさや怖さ、見ないようにしていた気持ちを感じられるようになった先に、
ふと姿を見せてくれるものなのかもしれません。
今日、温泉からの帰り道に流れた涙は、
そんなことを教えてくれた気がします。
あなたの人生の豊かさを
私たちは現代社会で、とても多くのものを手に入れました。
便利な道具も、知識も、移動手段も、最近はAIも出てきました。
でも、
「自分は本当に何を感じているんだろう」
「自分はどんな人生を歩みたいんだろう」
そんなことを考える時間は、意外と少ないのかもしれません。
これまで見ないようにしていた感情に、改めて触れるのは、正直苦しいです。
カウンセリングに来て、これまで触れていなかった気持ちに気づくのは、勇気がいることだと思います。
ただ、その感情との付き合い方は、誰からも教わっていません。
だから、わからなくて当然なんです。
私自身、20年間、心理の本質を大切にしてくださる先生方から、本流の心理学を学ばせて頂いてきました。
そして今、知識としてだけでなく、自分自身がその豊かさを、少しずつ体感しています。
もちろん、ペースは人それぞれです。
上手に生き延びるために、これまで抑えてきた、あなたの本当の気持ち。
それを当たり前に感じられるようになった時、
誰にも邪魔されない、あなた自身の幸せが見えてくるかもしれません。
あなたの人生の豊かさを、一緒に楽しんでみませんか。






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