カウンセリングコラム
大人が好奇心を取り戻すとき、何が起きているのか
「そうかもなー」という視点で読んでみてください。大人が好奇心を取り戻すことで、子供に近い吸収力を発揮できるかもしれない。そんな仮説をカウンセリングの現場と科学の知見から考えてみます。
ある親子の風景
先日、温泉で靴を履いてる時に、小さな子供とお父さんを見かけた。
子供は何かが気になって仕方ない様子で、
「お父さん、××の○○って何?」
お父さんに何度も同じ質問を繰り返して、お父さんは何かめんどくさそうでした。それでも子供は何度も何度も問いかけます。
その姿を見て、ふと思いました。
この好奇心の差はいったい何なのだろう、と。
赤ちゃんは地球に恋をしている
私が長年師事させて頂いているジョン・マクニール博士が、こんな言葉を言われていました。
「赤ちゃんは地球に恋をしている」
— ジョン・マクニール博士(直接の言葉)
これは論文の一節ではなく、博士ご本人が直接おっしゃっていた言葉です。
恋をしているって、どんな状態でしょう?恋する対象への関心が尽きない状態ではないですか?
もっと知りたい、もっと触れたい、飽きることがありません。
あの親子の風景を見た時に、ふとこの言葉を思い出しました。
子供の吸収力や学ぶ力が凄いのは、脳が柔らかいからだとよく言われます。それは確かだと思います。でも、私はそれだけではないのではと思いました。
カリフォルニア大学バークレー校の心理学者アリソン・ゴプニックらの研究は、子供と大人の注意の向け方が根本的に異なることを示しています。
子供の注意はランタンのように全方位に開かれており、大人の注意はスポットライトのように特定の目的へ絞り込まれている。
そしてゴプニックらの実験では、全ての学習で子どもが優れているわけではありませんが、「これまでの常識に反する新しい規則性(探索・仮説生成)」を発見する能力においては、大人より子どものほうが統計的に優れていることが確認されています。
それは脳細胞の若さだけでしょうか?世界に対するアンテナの感度が、根本的に違うのでは?
もし大人も同じようなアンテナが持てたなら、同じとはいかなくても、それに近い吸収力を発揮できるのではないか。
そんなことを考えました。それは私の仮説です。
大人の好奇心を閉じさせているもの
そしたら、大人はなぜ全方位に開かれたアンテナを失うのか。
カウンセリングの現場から見えてくるものと、科学的な見識を合わせて考えてみます。
ひとつは、日常のストレス。
神経科学者エイミー・アーンステンらの研究によれば、ストレスホルモン(コルチゾール)が高い状態では、前頭前野の探索機能が抑制されます。つまりストレスは、好奇心を物理的に閉じさせる。新しいことへの興味より、今日をやり過ごすことに意識が向きます。好奇心は、安全な状態でしか開きにくいと考えることができます。これは精神論ではなく、神経科学が示す事実になります。
そして、スティーヴン・ポージェスが提唱したポリヴェーガル理論は、賛否は分かれていると理解していますが、これをさらに明確にしていると考えることもできます。
人間の神経系は「安全」を知覚したときだけ、探索や社会的なつながりといった高次の機能が活性化する。逆に「危険」と判定した瞬間、脳の資源は生存機能に集中し、好奇心は自動的にオフになる。これは意志の問題というより、神経系の設計と考えることができます。
ふたつめは、惰性。
「もうこのままやっていくしかない」という感覚。
これって怠慢じゃないんです。生きる上でエネルギーを節約するための、脳の合理的な判断になります。変化にはコストがかかります。なので、変わらないことを選ぶ。心理学者ダニエル・カーネマンが示したように、人間の脳は本質的に省エネを好むと言われています。現状維持は、怠けではなくて生きる上での設計と考えることができます。
みっつめは、「知っている」という意識。これが最も厄介そうです。
認知科学者ロゼンブリットとカイル Leonid Rozenblit & Frank Keil(2002)が興味深い実験を行っています。人々に「自転車の仕組みを知っているか」と聞くと、ほとんどが「知っている」と答えます。でも、詳細を説明させたら、ほとんどの人は説明できません。
これを「説明深度の錯覚」と言います。
人間は世界をこの「浅い理解の錯覚」で埋め尽くすことで、脳の処理コストを下げている。「知っている」と感じた瞬間に、アンテナは閉じる。
最初の親子の場面を思い出してみてください。子供は「そんなこと知ってるだろう。どうでもいいでしょ。」と大人が思うようなことを、何度も何度も聞き返します。知っているという錯覚がないから、何度でも聞けます。そしてその繰り返しの中で、本当の理解が育っていきます。
「こんなに疲れるとは思いませんでした」
カウンセリングでその人にとって、大きな問題。
もう「こんなんじゃ駄目だって」思わなくなる。
イライラしていたのが、同じ状況でイライラせずに当たり前に過ごせる。
人によって異なりますが、深いワークをした後、クライアントさんから
「こんなに疲れるとは思いませんでした」
とよく言われます。
これはネガティブな意味ではありません。それだけ本質的な何かが動く変化には、「こんなに疲れるとは思いませんでした。」と言われるくらいのエネルギーが必要です。
神経科学者マーカス・レイクル(Marcus Raichle)らの研究によれば、脳は体重のわずか2%しかないにもかかわらず、身体が消費するエネルギー全体の約20%を使っていると言われています。
カウンセリングの疲労の正体はここに繋がるのかもしれません。深いワークは、ただ「考えること」ではないんです。苦しいけど、生き延びる為に長年愛用してきた感情のパターンや自律神経の習慣をどうにかしようとするのですから、身体全体がエネルギーを消費します。
そう言えばですね、私の良くして頂いている方に、美容系のグループ企業を経営している方がいらっしゃいます。年齢は私より一回り程上で、見た目はスリムです。
でも、外食に行ったとき2人前、3人前に食べられるんです。
その方はですね、美容の仕事をしていて、電気が美容に効くかどうか、自分の顔に当てて試してみたりされたりもします。
経営者としての顔とは別に、なんか子供のような好奇心も見られます。
スリムなのにたくさん食べる。
あくまでも一つの仮説ですが、好奇心が旺盛でいつも新しいことを探索している脳は、通常の省エネモードとは異なる状態で動き続けています。その探索モードを維持するために、身体全体が余分なエネルギーを消費しているのではないだろうか。
好奇心は精神論ではなく、身体的な現象だと私は考えることができるのではないでしょうか?
好奇心を取り戻すとはどういうことか
好奇心を取り戻すことは、気合いや意志の力ではできません。
好奇心を取り戻すのに必要なのは、安全な場所です。
ストレスが高い状態では、アンテナはそもそも開きません。
そしてもうひとつ、見落とされがちな障壁があります。好奇心が開くときに、人は同時に「わからない自分」に向き合うことになります。そこには不安や無力感を伴うことがあるかもしれません。大人は長年、そうした不快な感情を避けるパターンを身につけてきています。だから無意識のうちに、感情に蓋をすることで好奇心の芽も摘んでしまいます。
でも、その「つまずき」自体が、一歩だと思ってます。これまで見ないようにしていたその気持ちを知ること。
発達心理学者ジョン・ボウルビィは、子どもが世界を探索できるのは「安全な基地」があるからだと示しました。安心できる存在がいるから、子どもは未知の世界へ踏み出せる。大人も同じです。カウンセリングが提供できるのは、技法より先に、この「安全な基地」としての関係性です。
それは、「新しい世界」に繋がる一歩目にすることもできます。
後は、「知っている」を一度手放すこと。
説明深度の錯覚が示すように、私たちが「知っている」と思っているものの多くは、実は表面をなぞっているだけのことが沢山あります。でも、この錯覚は自覚しにくいです。あの親子の場面のように、もう一度「わからない」という目で世界を見たときに、これまでとは違う世界が目の前に広がるかもしれません。
そしてエネルギーが要ることを、あらかじめ知っておいてください。変わることは疲れます。
でも、疲れたからといって間違った方向に進んでいるわけではありません。むしろその疲れは、何かが本当に動いているサインと言っても過言ではありません。
子供と全く同じにはなれません。でも大人には、子供にはない武器がある。これまでの経験と、メタ認知の力。
「自分は今、アンテナを閉じているかもしれない」
と気づける力は、大人にしかありません。
その気づきから、好奇心をもう一度動き始める一歩目にもなります。
心理学者キャロル・ドゥエックの研究は、「自分は変われる」という信念を持つとき、人の好奇心と学ぶ力が活性化することを示しています。これを成長マインドセットと呼びます。「もう歳だから」「今さら変われない」という言葉は、能力の問題ではなく、信念の問題かもしれません。
最後に一つ、お伝えしておきたいことがあります。
ここに挙げた論文や研究は、私の仮説を実験で証明された結論ではありません。
温泉の帰り道、あの親子の会話を耳にして、ふとマクニール博士の言葉と繋がった。「子供の吸収力、大人もマネできないか?」そこまで2、3分、長くて5分の話です。
その後、運転中に経営者の方の話が頭の中で結びついて掲載の許可を頂き、帰ってからブログを書き始めて、継ぎ足してきたのが実際のところです。
子供の視点って「こうだ。」と結論づけるわけではありませんよね。「こうかもしれないな?どうだろう?」そんな視点じゃないですか?
実はそれ自体が、子供のような好奇心の持ち方に近いのかもしれません。
そんな視点を交えて読めるコラムになっていたら、少しお役に立てたかな、と思っています。
せっかくの、一度きりの人生。
生き延びるためだけに、その力を使うのも良いのですが、
あなたが本来持っている好奇心や創造性、可能性を発揮するために使ってみませんか。
成長マインドセット
愛着理論
神経科学
カウンセリング
- アリソン・ゴプニック(Alison Gopnik)
- 子どもと大人の注意の違い(ランタン型/スポットライト型)および探索・仮説生成能力に関する研究。カリフォルニア大学バークレー校。
- エイミー・アーンステン(Amy Arnsten)
- ストレスホルモン(コルチゾール)が前頭前野の探索機能を抑制することを示した神経科学研究。
- スティーヴン・ポージェス(Stephen Porges)
- ポリヴェーガル理論。神経系が「安全」を知覚したときのみ探索・社会的関与が活性化するという仮説(賛否あり)。
- ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)
- 人間の脳が本質的に省エネを好み、現状維持バイアスが生じることを示した行動経済学・認知心理学の研究。著書『Thinking, Fast and Slow』。
- ロゼンブリット&カイル(Leonid Rozenblit & Frank Keil, 2002)
- 「説明深度の錯覚(Illusion of Explanatory Depth)」。人は物事を実際より深く理解していると錯覚しやすいことを実験で示した認知科学研究。
- マーカス・レイクル(Marcus Raichle)
- 脳は体重の約2%でありながら全エネルギーの約20%を消費することを示した神経科学研究。
- ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)
- 愛着理論。「安全な基地」があるからこそ子どもは世界を探索できるという発達心理学の基礎研究。
- キャロル・ドゥエック(Carol Dweck)
- 成長マインドセット。「自分は変われる」という信念が好奇心と学ぶ力を活性化することを示した心理学研究。






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